に、彼女は眼を開いた。
「どうしたんだい?」
彼女はぼんやりした眼付で彼の顔を探し求めた。それから微笑んだ。
「あなたでしたの。……私夢をみていた。」
「熱があるじゃないか。」
「そう?」
彼女はその朝から腹が激しく痛んだそうだった。余し腹痛は産後も屡々あった。子宮が収縮する度に痛むのですから、痛むほど早く元に直るのですよ、と産婆が云った言葉を彼女は思い出して、彼にも黙っていたのだった。所が午頃《ひるごろ》から激烈な疼痛がやってきた。床の上に身をねじって苦しんだ。痛みが去るとねっとり汗をかいていた。それが頻繁にやってきた。夕方になって少し遠のいた。それからうとうと眠ったそうだった。
「腹の痛みはともかく、ひどく熱があるようじゃないか。」
「そう?」と彼女はまた半信半疑の答えをした。
熱を測ると彼は喫驚した。三十九度一分に上っていた。
先ず産婆を呼ぶことにした。女中が駆け出して行った後で、彼は和服に着代えて食膳に向った。秋子は何も食べたくないと云った。それでも赤ん坊に乳をやっていた。
間もなく産婆が来てくれた。産婆にもよく分らなかった。その紹介で、産科婦人科の坪井医学士に頼むこ
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