ねかけた。
「どうだい、身体の工合は?」
「ええ。」
返辞だけをして、いいとも悪いとも答えないで、彼女は痩せた頬に弱々しい微笑を浮べた。その頬にぼっと赤味のさしてることがあった。
「熱があるんじゃないのかい。」
「いいえ。」
髪の生え際が薄く、額に一脈の淋しさを浮べ、頬の皮膚が蒼白く透き通って見えた。それが美しかった。
枕頭にじっと坐ってるのが変だったので、彼はよく縁側に屈み込んで、庭の黒い土を見守った。秋子が起き上れるようになりさえすれば、それでいいとも思った。
「幾日すれば起き上れるんだい。」
「三週間だそうですけれど、そんなに寝てるのは退屈ですわ。」
その三週間が半分以上過ぎ去った頃から、秋子は軽い下痢を催した。ビオフェルミンをのんだり食物の用心をしたが、何の効もなかった。然し大したことではなさそうだった。
或る日、順造が会社から帰って来ると、女中が頓狂な顔をして彼を玄関に迎えた。
「奥様が大変でございましたよ。」
彼ははっとした。
秋子はうとうと眠っていた。彼が枕頭に坐り込んでも眼を覚さなかった。彼はその額に手をやった。燃えるように熱かった。驚いて手を引込める途端
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