ら、輝かしい不思議な世界が開けてきたのだった。新らしい一つの生命が生れて出ている――而も自分と秋子との子として! 父親となり母親となることは、一つの運命の扉が開けることだった。その扉が開けるためには、如何に大きな力がのた打ち廻ったか! 二三時間前に産婦の室全体が唸り出したあの恐ろしい気配を彼ははっきり思い出した。
それにしても、あるかなきかの息をしながら身動もしないで、すやすや眠ってる赤児の存在が、可愛いいというよりも余りに小《ちっ》ちゃかった。今迄どうして腹の中に居られたのだろう、そしてよく生れたものだ、と思えるくらいの容積ではあったが、その活力が、存在が、一つの運命を荷ってるとしては、余りにちまぢまとしていた。赤児の存在とその運命とが、別々なものとなって彼の心に映じてきた。
然しそれは二つのものである筈はない!
彼は不思議な気持で、赤ん坊の方を覗き込んだ。真綿の帽子を取ると、黒い髪の毛が生え揃っていた。先の尖った馬鹿げて長い頭だった。産毛を一塊もじゃもじゃとさしたような眉の下に、閉じた眼瞼がすっと切れていた。額に皺が寄り、眼の縁がたるみ、唇が薄く、※[#「臣+頁」、第4水準2
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