した。それでも案外早くお生れなさいましたので、結構でございました。発育も十分でございますよ。」
 産婆はそんなことを一人で饒舌《しゃべ》っていた。順造はただ短い感謝の言葉を述べた。
 産婆が帰っていったのは、午前二時頃だった。順造は女中を寝かして、一人起きていた。床へはいる気がしなかった。
 今晩はよくお眠りなさるが宜しゅうございますよ、と帰りしなに産婆が云ったその熟睡を、秋子はなかなか得られないらしかった。心身の疲労にうち負けてうとうとしながらも、暫くするとぱっちり眼を見開いた。そしては赤ん坊の方を気にした。
「大丈夫だよ、」と順造は云った、「よく眠ってるようだから。」
「そう。……あなたもお寝みなさいな。」
 声の調子が以前よりは、弱くはあったが澄み切っていた。
 虫の鳴く声が遠くに響いていた。
「ほんとによかったね。」
 順造が独語のように低く云った時、秋子はまたうとうととしていた。一寸眼を開いて彼の顔を見たが、彼が黙ってるのでまた眼を閉じた。
 茶色の勝った大きな布団と赤っぽい小さな布団と、二つ床を並べて寝ている母と子を、順造は何とも云えない心地で眺めた。恐れていた幻影の彼方か
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