感としては仄暗い力強い根深い不気味な、凡てを押しのけてむくむくと脹れてくる生命が――宿ってるのだ。そのものに対して、秋子が全身を挙げて奉仕してることが、彼にとっては、秋子をいつまでも掌に握りしめていたいだけに、小憎らしいほど秋子が可愛いいだけに、一層気持を脅かされる種となった。
 彼女にとっては、俺のことなんかはもうどうでもいいのだ!
 一寸した用事を頼んでも、彼女はなかなか立ち上ろうとしなかった。特別に彼女に云いつけた仕事も、長く放ったらかされてることが多かった。その上彼女は、彼を反対に使おうとしていた。背が低いので、高い所にある物を取る時にはよく彼を呼んだ。
「余り手を挙げるといけないんですって。」
 そんなに胎の児が大事なら、姙娠を彼にうち明けるのだって、もっとしみじみとした心でなぜしなかったのか。喧嘩のついでなんかは、余り人を踏みつけにした仕業だった。彼はそれを責めてみた。
「だって、まだどうだか自分でもよくは分らなかったんですもの。あなたが余り呑気だから、本当にそうだときまってから、不意に喫驚さしてあげるつもりもあったんですわ。それが、あの時はあなたが余りひどいことをなさるか
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