「玩具《おもちゃ》じゃありませんよ。」
「だって触《さわ》らしたっていいだろう。僕の……。」
 僕の児じゃないか、と云おうとして彼は中途で言葉を切った。勿論彼の児には相違なかったけれど、それよりも寧ろ、天地自然の芽ぐみ……豊かだ……という気がした。その気持が彼を、胎児の側から、また秋子の側から、遠くへつき放してしまった。彼はくしゃくしゃなしかめ顔を、どういう風に和らげていいか分らなかった。
「あなたみたいに我儘では、お父さんになる資格はありません。」と秋子は云った。「も少し真面目に考えて下さらねば困るじゃありませんか。片山さんでも中野さんでも、奥さんが姙娠なさると、それは大切になすったものですよ。毎日卵を二つと蒲焼《かばやき》を食べさせなすったんですって。私そんなものを食べたくはないけれど、それくらい大事にして貰うと、ほんとに幸福だと思いますわ。あなたはまるで、私一人で勝手に姙娠したとでもいうような調子ですもの。」
 然しそれは、順造に云わすれば、眼の置き所が違うからだった。彼にとって直接に大事なものは秋子だった。その秋子の腹の中に、何とも云えないものが――胎児とは分っているが、実
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