の面に落ちていた三つの淡い長影が、茫と水の色に融かし込まれる頃になると、話はいつのまにか途絶えていた。姉は歌を歌い出した。俊子がそれに和した。ダニューブ河の歌やローレライの歌がくり返された。古臭い歌だなと思っていた彼も、いつしかその調子を覚えてしまった。ただ口に出しては歌わなかった。
 海岸へ出る頃には、黄昏《たそがれ》の明るみが月の光りに代りかけていた。茫と青白く光る海岸線が、魔物のような波音をのせて遠く続いていた。
「いつまでも歩きたいような晩ね。」
「ええ……でも、沖の方を見ると何だか恐いようね。」
 薄ら明りに変に大きく見える手を伸べて、姉がさし示した沖合は、ただ一面の黒に塗られて、淡く射す月の光りと波音とを、底知れぬ深みへ吸い取っているようだった。
「だけど、沖に出てみると案外恐ろしくないかも知れないわ。丁度、墓地は外から見ると恐いけれど、中にはいると何となく賑やかだというじゃないの。海も墓地と同じようなものじゃないかしら。」
「そんなら私なお恐いわ。幽霊船でも出て来たら、あなたどうして?」
「そうね……。」
 暗い海を背景にして仄白く浮出している俊子の顔が、一寸揺れたかと思
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