うと、低いおどけた声で、
「ばアーと云ってやるわ。」
それが変に不気味だった。
「いやな人!」
投げ出すように云った姉の言葉のすぐ後を、彼は横合から続けた。
「この沖にも幽霊船が出ることがあるんですって。」
「嘘!」と云った姉の声は少し慴えていた。
「嘘ではありません。船の姿が見えないのに櫓の音が聞えたり、真黒な帆前船がすーっと側を滑りぬけたりすることが、よくあるんだそうです。」
「それは、風の工合で遠い櫓の音が聞えたり、本当の船をそんな風に感じたりするんだわ。」
「所が変なんです。或る時沖に釣に出た船が、夜になって戻って来たことがあるんです。その漁夫達の話ですが、薄暗くなって帰りかけると、いくら櫓を押しても船がなかなか進まなかったんですって。それでも一生懸命に漕いでると、不思議なことには、一町ばかり離れた後ろの方から、やはりせっせと漕いでくる船があるんです。櫓の音も掛声もしないのに、船の姿や人の影だけがありありと見えていて、その上、近寄りもしなければ遠ざかりもしないで、いつも同じ速《はや》さでついて来ます。少し気味悪くなってきたので、漁夫達は力のあらん限り漕ぎまくって、漸う岸まで
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