月明
豊島与志雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)褌《ふんどし》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)東京|者《もん》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)小説1[#「1」はローマ数字、1−13−21]
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一
褌《ふんどし》一つきりの裸体の漁夫が、井端で、大漁の鯵《あじ》を干物に割いていた。
海水帽の広い縁で、馬車馬の目隠しのように雨の頬を包んで、先に立ってすたすた歩いていた姉が、真直を向いたまま晴れやかな声で、
「今日は。」
と声をかけると、漁夫も仕事の手元から眼を離さずに、尻上りの調子で、
「今日は。」
姉の後に続いていた俊子が、これも海水帽の縁の中で、くすりと笑った。その拍子に、海水着一枚の背中の肉が擽ったいような震えをしたのを、彼は後ろからちらりと見た。
姉ははふいに振り返った。
「何を笑ってるの。」
「だって、あんまり挨拶がお上手だから。」
「そう。」
遠いような近いような海の音があたりを包んで、
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