は姉の方を向いた、「私の方が漁夫の生活によっぽどよく触れてるわけじゃなくって。」
「駄目よ、あなたのはみんな空想だから。」
「そうかしら。」
振り返ると、海は波頭に朝日の光りを受けて、沖遠くぎらぎら輝いていた。その輝きが無くなる頃から、海鳴の音が更に高まってくるのだった。
四
俊子の所謂海の霊を、彼女が最もよく感ずるらしいのは、夕方から夜にかけてであった。
彼等が借りてる別荘とも百姓家ともつかない家は、その部落と松林との境に在った。
「早く御飯にして散歩に参りましょう。」
明るいうちに夕食をして、大儀だからという伯母と女中とを残して、若い者だけで散歩に出た。
松林の裾を廻って、薩摩芋の畑の間を少し辿ると、川の岸に出る。橋を渡った向うが低い堤防をなしていて、その向うに青々とした水田が、はるか海岸の砂丘まで連る。
華かな残照が西の空に残っていた。海を渡り稲田の上を渡ってくる風が、昼間の暑気を吹き払って、遠い夕靄のうちに流れ迄んで[#「流れ迄んで」はママ]ゆく。その風の反対に、所々に川柳の茂みを持った堤防を海の方へ、三人は楽しげに語りながら下っていった。ゆるやかな川
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