ものね。」
俊子はそう云って、初めて我に返ったらしく立ち上った。
三
気味が悪いと云いながらも、姉は地引網を引張ってやるのが好きだった。
朝早くから十時頃まで、波がさほど高くない時、海岸の方々でそれが行われていた。
「立って見てねえで、手伝ってくれたらよかんべえ。」
そういう囁きが耳にはいってから、姉はいつも着物の裾をからげて、逞しい男女の間に交って、地引網の綱につかまった。一生懸命に引張ってはいるのだが、つかまってるのと大差なさそうだった。彼も時々綱を引いてみた。沖に引かれる力の強さを手に感じて、ともすると足がよろけそうだった。ただ俊子は、少しも手出しをしなかった。
鯵や梭魚《かます》の類が、少い時は桶四五杯多い時には三四十杯も取れた。特殊な魚だけを別により分けて、残ったのを桶一杯ずつ砂の上に積み上げた。買手が大勢来て待っていた。
「手伝った東京|者《もん》に、これをくれてやるべえ。」
幅利きらしい男が大きな太刀魚をぽんと投ってくれた。
「有難うよ。また手伝うべえ。」
姉はおかしな調子で云い捨てて、まだぴんぴんしてる太刀魚を、尾《しっぽ》でぶら下げながら飛
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