。」
 怒鳴りつけると、胸がすーっとした。同時に全身の力がぬけてしまった。其処に身を投げ出して泣いた。
 肩の上に手が二つ置かれた。やさしい息が耳のすぐ側に感ぜられた。待ってみたけれど、何とも云ってくれなかった。堪らなく淋しくなった。
「云います。みんな云っちまいます。……俊子さんはみんな知ってる筈です。あの晩から、あの海に出た晩から……。」
 彼は何を云ってるのか自分でも分からなかった。それでもむちゃくちゃに云い続けた。云ってしまうと、頭の中が空《から》っぽになった。ひょいと顔を挙げると、大きく見開いた姉の眼がすぐ前にあった。姉の手につかまって、俊子が歯をくいしばっていた。
 そのままじっとしていた。三人共石のようになって身動きさえしなかった。
 空っぽになった彼の頭に、ぽつり、ぽつりと、正しい記憶が蘇ってきた。眼の前がはっきりしてきた。
「俊子さんを想ってるのじゃありません。」
 吐き出すように云ったが、その言葉が自分の胸に返ってきて、顔が真赤になった。それをごまかして立ち上った。……が、どうしていいか分らなかった。右足でとんと跳ねて、つんと伸した左足の踵で、ぐるりと廻った。二度廻
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