わざと返辞をしなかった。
 暫くすると、また次の室から前より低い声で、
「俊子さんもいらっしゃるから、トランプでもしませんか。」
 それでも黙っていた。俊子が帰ろうともしないで落付いてることが、食後姉と物影でひそひそ話していたことが、頭の底で気にかかっていた。
 あたりがしいんとした。
 長い時間がたったようだった。……
「そんなでもないじゃないの。」
「あなたは夜中のことを知らないからよ。」
「毎晩なの。」
「いいえ、一晩置きくらい。」
「そう。不思議ねえ。」
「親戚に精神病の人は居ないかって聞かれた時は、私どうしようかと思ったわ。」
「だって、あれくらいならまだ大丈夫よ。伯母さんやなんかに相談して大袈裟になると、却って神経を苛立たせはしないかしら。」
「それもそうね。」
「も少しそっとしておいて様子を見た方が……。」
 ……それで分った。彼はもう我慢が出来ない気がした。口惜しかった。いきなり起き上って、次の室に飛び込んだ。
 色を失った二つの顔が並んでいた。
「姉さんは、人を気狂い扱いにしてるんですね。」
 見上げてる二つの顔が瞬きもしなかった。
「私は気が狂《ふ》れてやしません
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