な気がして、自分でも恐ろしくなった。足が悚んで動かなかった。
 けれど、姉の方が妙に悚んでいた。蒼ざめた顔をして、頬の筋肉をぴくぴく震わしていた。
 彼は黙ってその前を通りすぎた。
「何処へ行くの。」
 帽子を取ってる時に、後ろから呼ばれた。
「一寸散歩にいってきます。」
「今日はお止しなさいよ。」そして次に哀願の調子で、「行かないで頂戴よ、つね[#「つね」に傍点]やも居ないし、私一人だから。」
「つね[#「つね」に傍点]は何処へ行ったんです。」
「一寸其処まで。」
 帽子をまた釘にかけて、黙って自分の室へ戻ってゆき、縁側に腰をかけて、足をぶらぶらやってると、彼は急に淋しくて堪らなくなった。
「なぜかは知らねど心迷い、むかしの……。」
 ふと口に出てきた歌を、何度も何度も低くくり返した。俊子が何処かに立ってるような気がした。
 薄曇りの佗びしい夕方だった。かさかさと枯葉の音がする。それが胸にしみ渡った。耳を澄していると、静に表の格子を開く音がした。それから一寸間を置いて、喘ぐような声で、
「急いで来たものだから息が切れて。」
「御免なさい、ふいにお呼びして。」
「いいえ。そんなにお悪い
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