と閉めた。
「蚊帳をつっちゃいけません。」
 云い捨てて彼は布団を頭から被った。
 蚊帳を片付けていた姉は、俄にそれを向うへ投り出して、布団の中にもぐり込んだ。夜着の下から、震える手先を伸して彼の方へ縋りついてきた。

     十

 彼はどうしてもその理由を云わなかった、云えなかった。
 毎晩、姉と同じ室に床を並べて、蚊やり線香をたいて寝た。けれども、夜中に時々|魘《うな》された。昼間も遠くに幻が浮んでくることがあった。
「自分でも分らないのなら、せめてお医者に診《み》て貰ったらどう? ね、そうなさいよ。」
 不気味な不安さを覚え出してる姉の手前、それをも拒むわけにはゆかなかった。無駄だと知りつつ医者を迎えた。行きたくなかったので来て貰った。何を問われても、変な夢をみるというきり黙っていた。強度の神経衰弱という名目の下に、何だか甘っぽい水薬が与えられた。
「ふん。」
 鼻の先で嘲って、室の中をぐるぐる歩き廻った。それが自分でもおかしくなって、くすりと忍笑いをしていると、姉が向うの室からじっと様子を窺っていた。
「ばアー。」と冗談におどかしてやろうとしたが、それが何だか真剣になりそう
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