蚊帳の上の天井の所に、ぼんやりした円い明るみがあった。それが白張の提灯で、室の中がぼーっとしている。いやにひっそりしてるな、と感じた瞬間に、月の光りと変って、磁石のような執拗さで、円いのへ引きつけられてしまった。身動きが出来なくて眼を据えると、それが俊子の顔だった。真黒な瞳と真白な歯とでにっと笑った。かと思うまに、細そりした指先がその上を掠めて、円いのがゆらゆらと揺いで、ふっと消えた。しいんとなった。
一寸間があった……のは、夢とも現ともつかなかったからで、本当に眼覚めると、ぞっと総毛立って、手足の先まで冷りとした。
そのまま暫くじっとしていたが、それが、俄に恐ろしくなって、いきなり飛び起きた。咄嗟に隣りの室へ飛び込んだ。
「姉さん、姉さん!」
釣手を引き切られて落ちてきた蚊帳の下から、漸く匐い出して来た姉は、彼の様子を見てはっと身を退いた。それを構わず、彼は腕に縋りついていった。
「姉さん!」
息がつけないのを、むりに云い進んだ。
「恐いから、こつちへ寝かして下さい。」
姉も慴えていた。何とも云わないで、隣の室から彼の布団をずるずる引張ってきた。耳を澄しながら、間の襖をそっ
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