、頭がぼーとした。胸が切なかった。やけに身体を揺ってみた。
「静ちゃん、何してるの、震えるような恰好をして。」
 姉がこちらを見ていた。
「頭が妙に重苦しいから。」
 それで身体を揺るって奴もないものだけれど、姉は追求して来なかった。それをいいことにして彼は毎日、頭が重苦しいと云っては家に引籠っていた。
 月の光りを浴びて砂浜に佇んでる姿は、夜になると殊にはっきりしてきた。海水着一枚の半裸体で――月夜にしては変だけれどそれがしっくり調和していた――いつまでもじいっと、向うを向いたまま立っていた。……それを、力一杯に而もそーっとこちらへねじ向けてやると、真白な顔が、滝のような月の光りを浴びて、その底からにっこり微笑んだ。
 彼はぞっとした。……が、危く喉から出かかってる声を抑えるまがあった。電燈の光りが静まり返っていた。雨のように繁く虫の声が聞えてきた。外には月が冴えてるに違いなかった。
「いやな人!……何でそんなに私の方をじっと見つめてるの。」
 雑誌をぱたりと畳に伏せて、姉は身を起しながら向き直った。
「何でもありません。」
 とまではよかったが……。
 夜遅く、彼はふと眼を覚した。
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