る所を覗くと、「見ちゃいやよ。」と云いながら、なお平気で彼の眼の前に曝してる半裸体の、他が日に焼けてるせいか、海水着のあとが殊にくっきりと白くてこまやかだった。――縁側からぶら下げてる足指の子供々々した爪の恰好に、梨をかじりながら見とれていると、その足がぬっと前へ出たので喫驚した……が、瞬間に立ち上った彼女は、ぼんやり見上げた彼の眼へちらと微笑みかけた。その顔が、眼ばかり大きくて真白だった。
 強く握りしめていた掌の小鳥に彼はふと気がついて、それを低い松の小枝に放してやった。ばたばたと羽ばたきをして小刻みにちょっとあたりを見廻して、それから一枝ずつ、高い梢の方へ飛び上っていった。ごーっと鳴る松風の音がその後を蔽いかくした。
 頼りない淋しい夕方だった。
「なぜかは知らねど心迷い、むかしの伝説《つたえ》のいとど身にしむ……。」
 いつのまにか聞き覚えた歌の節が、一人でに口から出ようとするのを、彼はじっと抑えつけた。彼女の歌を歌うのが、心のうちに憚られるような気持ちだった。
 見えないほどの空高くに、松の梢越しのまだ夕明りの空に、星が一つきらめいてるらしかった。「恋せよ、恋せよ!」と何かが
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