、頓狂な声を出して。」
掌で砂を払い落して蹠をしらべたが、もう何処が痛いのか分らないくらいに、何の傷跡も残ってはいなかった。
「蟹でも踏みつけたのかと思ったが、何でもなかった。」
それでも、俊子が気懸りそうな眼付でじっと見てくれたのが、彼には嬉しかった。その嬉しさを、他人にも自分にも押し隠すようにして、馳け出してやった。
二
川の干潟や陸には、甲羅の赤い小蟹が沢山居た。その蟹が殆んど居なくなった川口で、水にはいるのであった。広漠たる太洋に面した浜では、荒波が危険で泳げなかった。
「も少しこちらへいらっしゃいよ、泳ぎを教えてあげるから。」
膝までしかない所に坐って、手先でじゃぶじゃぶやってる俊子へ、姉は川の真中から呼びかけた。満潮にさえならなければ、何処でも背のたつ浅い川だったけれど、俊子は決して中程まではやって来なかった。
「教えてあげるは大きいや、」と彼は引取って云った、「自分でよく泳げもしないくせに。」
「何を云ってるの。じゃあ泳ぎっくらをしましょうか。」
「しよう。」
せいぜい二十間ぐらいしか泳げない姉だったが、いつまでも後からのこのこついて来た。よく見る
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