砂丘の上に、蟻のような人影が見えていた。
「知らないわ。……こんなに早くから人を起しといて!」
 つんと澄してすたすた足を早める後から、俊子は落付いた声で注意した。
「でも、他《ほか》で見られないような変な朝ね。」
 東の空の大きな黒雲の影に包まれて、盲《めしい》たようなだだ白い明るみが遠くまで一様に澄み切っていた。
 真先に歩いていた彼は、俄に足を止めた。松林のつきる処に四五本の雑木があって、その下枝のあたりに、白いものが真円く浮出してゆらりと動いた……と思ったのは瞬間で、よく見るとだらりと垂れ下っていた。
 ぞーっと身体が悚んだ。が、引き止めた息が保ちきれなくなった間際に、ほっとした。木の枝に提灯がかかってるのだった。
「どうしたの。」
 黙って歩き出すと、此度は喫驚した調子の声で、
「蛇でも居たの。」
 彼はやはり黙って頭を振った。何だか白茶けた気持ちになった。ぼんやり眼を挙げて眺めると、提灯は白張りの無紋だった[#「無紋だった」は底本では「無絞だった」]。それが一寸変だった。
「あら、静夫さんは蛇がお嫌い?」
 わざと不思議がったようなしなをした声だった。
「ええ、可笑しいほど
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