てる、木の切株の上にあがって、更に爪先で伸びあがって、東の空を透しみたが、まだ黝ずんでる大空の色と見分け難いほどのものが、低く横ざまに流れていた。
「あれは雲じゃないの。」
「さあー……。」
 横飛びに飛んで、向うの無花果の木の低い枝につかまり、ぴょんと跳ねて葉の間から覗くと、黒雲の下がすっと切れて、紅をぼかした銀色に輝いていた。
「大丈夫ですよ、下が切れてるから。」
 海鳴の音がいつもよりはっきり聞えていた。地引網の喇叭が響いてきた。たとい日の出が見られなくとも、損にはならなかった。それにもうどうせ起き上ったのだから。
「俊子さんも起してくるわ。待っていらっしゃい。」
 彼が深呼吸をしてる間に、日に焼けた姉の浅黒い顔と俊子の蒼いほど白い顔とが、ふわりと飛んできた。
 草の葉末にたまった露を踏んで、粗らな松林の裾をぬけると、その向うがすぐ海だった。松の間から東の空がちらちらと見えていた。
「あら、あんなに雲がかけてるわ。」
 僅かな雲だと思ったのが、暫くの間に東の空を蔽い隠して、なお次第に拡がりそうだった。
「仕方ないから地引網の綱でも引くんですね。朝っぱらから景気がいいですよ。」
 
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