るくなってきて、広い砂浜が蒼白く輝らし出された。

     五

 彼は朝早く起きるのが好きだった。鶏の声が聞えて東の空が白む頃から、何物にも遮られない、仄白い――而も澄み切った朝明りとなった。ここ荒海の岸辺では、夜と昼との境をなす朝霧は、一度夜が明けてから後に初めて、森や部落のまわりに立ち罩めるのだった。黎明の頃は大気が澄みきっていた。日出前に東の空へきまって出てくる黒雲の縁が、黄や紅に彩られて、それがじかに朝明りの中へ反射した。魂の底まで浄められるような曙だった。
「姉さん起きなさいよ。日の出を見に行きましょうよ。」
 二三度|掻《ゆす》ぶられて、姉は漸う眼をこすりながら起き上った。まだ一度も、海から太陽の出る所を見たことがなかった。
「そりゃ何とも云えねえぞうー。見た者でなきゃあ分んねえ。」
 水瓜《すいか》を売りにくる婆さんがそう云った。だが、日出時の東の水平線は大抵雲に閉されていた。
「晴れてるの。」と姉は尋ねた。
「ええ。」
 曖昧な調子の返辞だったが、それでも姉は起き上ってきた。
 これが例の二葉より香しというあの木かしらと怪しんだ、大きな旃檀《せんだん》の木の下に転っ
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