傾向は短い時間の間に変化するものではないから。――然し、各作家が一年に一篇位の創作をしか発表しないか、或は一人の評家が一二年に一回位の月評をしかしないかするならば、事情は自ら異ってくる。けれどもそれは、現在の文壇に求められないことである。
一作品だけに即した批評を以て、自分の全体を評価したものと思惟するほど、作者の方でも愚ではない。現代の作家は、自分の満足した作品のみを発表してゆくほど余裕ある者ばかりではない。また作者の方に余裕があっても、それを許すほどの余裕ある文壇でもない。作者の欠点のみを暴露した作品も時には余儀なく発表しなければならないこともある。そういう一作品に対する悪評を、自分の全芸術に対する悪評だと思惟するほど、作者の方では愚昧ではなく、また自信に乏しくもない。多くの作家にとっては、一作品が月評家に認めらるるや否やは、自分の全芸術が認めらるるや否やの謂ではない。
私は月評のない短篇文壇が如何に淋しいかを想像出来る、そして月評の存在を肯定する。然し一月の評価は一月にして足れりではないか。
月評をして、現在にのみ立脚せしめよ。
月評家は、過去と未来とを眼界に取入れては
前へ
次へ
全8ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング