係があった或る女とそれとなく別れるため二三日の旅をするつもりの金だろうと松井は思った。兎に角彼は少し纒まった金が入用になって、故郷広島のさる叔父に内々無心をしたのであった。暫く何の返事もなかった。彼は落ち付かない日を送った。ある晩ぶらぶら散歩していると薄暗い通りに占いの看板を見出した。変な気になって彼は遂にその晩、怪しい老人から吉の占いを得て帰った。翌朝叔父から金が届いたとのことである。
「占いをなすったことがあるんですか。」と林は初めて口を開いた。
「いや、つまらない事なんです。」と村上は答えた。
「あれで中々面白いものでしょうね。」
「さあどうですか。案外つまらないものかも知れませんよ。」
「そうですかねえ。」
 それっきり一寸皆黙ってしまった。
「おそばももう今晩はお流れだし、」とおたか[#「たか」に傍点]が沈黙を破った。「松井さん、では一ゲームいらっしゃい。」
「もう今日は黙目だよ[#「黙目だよ」はママ]。」
「意気地なしだわねえ。林さん一つお願いしましょうか。」
 林はただ微笑んでみせた。
 おたか[#「たか」に傍点]はもう突棒《キュー》を手にして、媚ある眼でじっと見やった。
前へ 次へ
全32ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング