ゃいよ。」
「もう止しだ。」
「負け腹を立てるなんか柄でもないわ。ねえ松井さん。」と女は睨むような眼付をした。
「おいおい、」と村上は口を入れた。「勝った時にはも少し口を慎むものだよ。」
「その代りに何か奢りなさいよ。」
「そうだねえ……何でも御望み次第。」
「懐の御都合次第。」と女は村上の調子を真似ながら笑った。
「おそば……はどうだ。」
「それから?」
「何がさ?」
「それから麦酒《ビール》というんでしょう。」
「いや今日は飲まない。それともおたか[#「たか」に傍点]さんが半分|助《す》けてくれるというんなら、そしてついでにお金の方もね。」
「それこそ占いだわ。」
それをきいて松井も思わず微笑んだ。
「何が占いだ。」
「例の君の占いさ。」と松井が云った。
「ああこれは驚いた。そういつまでも覚えられていた日にはたまらないね。」
けれども村上の顔にはそういう言葉の下からちらと淋しい影がさした。
村上の占いというのはそう古い話ではない。丁度七月のはじめ梅雨も霽れようという頃であった。彼は少し入用の金が出来た。誰にも何とも云わなかったので分らないが、前後の事情から推すと、前から大分関
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