村上とはよく遅くまで球突場を去らないことがあった。林もよく遅くまで遊んでいった。度々彼等は一緒になることがあった。そういう時は、屹度一方が帰るまで片方も立ち上らなかった。何ということなしに自然にそうなったのである。
 俺は何も林の向うを張るんじゃない、と松井は思った。第一おたか[#「たか」に傍点]に対しても何の感情も持っていない。よしまた俺のうちに自分で自覚していない感情があるにしても、林なんかと競争をするものか。その妙にだだっ広い額、鼻筋の低い鼻、薄い髪の毛、ゆるんだ唇、もうそれで沢山だ!
 彼はつと立ち上って、窓に凭れて外を眺めた。すぐ前に大きい檜葉《ひば》があって、その向うの右手の隅に八手《やつで》があった。その葉には雨の露がまだ一杯たまっていた。でも空は綺麗に晴れて星がきらきらと輝いていた。星の光を見ていると、雨に清められた夜の空気が胸に染み込んでくるような気がした。
 暫くするとおい! と肩を叩かれたのでふり返ると、村上が立っていた。
「どうしたい。」
「散々まかされちゃった。」
 女はまだ球を突いていたが、おしまいに失礼と云いながら突き切ってしまった。
「さあも一度いらっし
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