日は誰も来ないんだね。」
「ええ、わざわざ濡れてまでいらっしゃる方はあなた一人ね。」
「これは驚いた。」
「いえ、だからあなたが一番御親切だと云うんですよ。」
「一番親切で一番厄介だというんだね。……だが一体こんな時には君はなにをするんだい。」
「え?」
「一人で隙な時にさ。」
「これでも、」と云っておたか[#「たか」に傍点]は笑った。「種々な用事があって、そりゃ忙しいんですよ。」
「へえ。余りよくない用事ばかりでね。」
「馬鹿なことを仰言いよ。」
煖炉の火が音を立てて燃え出した。竈が赤くなって二人の顔を輝らした。珍らしく接する赤い火の色や音や匂いまでが、全身の感覚にある悦びと輝きとを起さした。二人はふと顔を見合ってわけもなく微笑んだ。
「火というものはいいもんだね。」
「ええ。でも私は煖炉より炬燵の方が好きですわ。よく暖まってね。」
「炬燵でちびりちびり酒でもやるなあ悪くはないね。」
「私だめ。ちっとも飲めないんですよ。」
「特別の場合を除いてはね。……だが今日のような暴風雨《あらし》の日には煖炉もいいね。雨音をききながら火を見てるなあいいものだよ。」
「私は頭がくしゃくしゃしてこ
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