しい。透明な液体につつまれた、白と黒との生きた球体だ。
「恋人の眼をのみ美しいと云う勿れ。」
だが、眼球をのみ美しいと云う勿れ。私はその時、撞球の象牙の球《たま》を頭の中に眺めていた。きれいに拭きこまれた赤と白との象牙の球――あらゆる色合の光と物象とを映して、青羅紗の上をなめらかに滑りゆく、赤と白との象牙の球……。
いや、眼球や象牙の球ばかりではない。凡て球形のものには、円満具足の美があって、長い観賞に堪える。球形を見て喜びと和ぎとを感じないものは、邪悪な心である。球形は完成の姿である。寺院の円屋根には一種神秘な意義が宿されている。下手な音楽家の奏でる音は、尖っていたり平べったかったりするが、上手な音楽家の指先が立てる音は、或る円みを持っている。盤上に玉を転がす……というのは、古くして新らしい譬えだ。ボロ自動車の音は、牛の糞みたいにべっとりと舗石の上に残されていくが、上等の自動車の音は、円く軽快に街路を滑って消えていく……。
そういうことを饒舌っているうちに、私達は四辻に出た。電車、自動車、自転車、通行人……各自の方向へ進んでる中に、私達は自分の方向を定めかねて、歩道の端にぼんや
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