り立止った。そしてそこに、街灯の輝かしい上方、高く高く、軒並に切取られた夜の空が、無数の星をちりばめてるのを眺めた。
「僕はアリストテレスの説に賛成だ。」と私は思わず叫んだ。
「万物の最も完全な形は円形である。故に、円運動は唯一の安全な自然な運動である。故に、星の運行もまた円運動でなければならない。」
 二千何百年か前に云った哲人の言葉が、星の軌道が円か楕円かを論外にして、私達の胸にぴたりときたばかりでなく、星そのものが球形であると同様に、街路に動いてる凡てのものが、不規則な球形をとって酔眼に映った。
「いよいよ最後の時にも……。」
 それは、浅間山の噴火口に飛びこんだ瞬間の姿だった。
 浅間登山は、夜のうちに麓をたって、まだ薄暗い頃に頂上に着き、闇の中に赤熱してる噴火口を見、次に日の出を待つ、それが最もよい方法である。私もこの夏そうした。まだ日出前一時間頃、山上には闇とも微明ともつかない朧ろなものが漂っていて、煙の渦巻いている噴火口の底だけが金色に燃え立ち、更にその地下深くごうごうと鳴り響いている。噴火口の縁には火焔の照り返しで、僅かな人影があちこちに見分けられる……。その人影の一つ
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