大都会のあらゆる素材が、乱雑に堆積していた。そしてその中に、ところどころに、出来上りつつある建物の断片が、曲線を見せてる横顔が、思いがけなく覗き出していた。それは私に一種の喜びを与えた。煩雑な幾何学的図形の中に、生々とした球面をふと見出した時の喜び――ピカソの画面の中に肉体的ヴォリュームを見出した時の喜び……。それにまた、通行人等の身体が、夜の街路の上に如何にも弾力性を帯び、その眼が、街灯の光の中に如何にも生気に満ちていた。
「そうだ、これらの持つ美は、一種の球体的な美だ。」
「眼球の美だ。」
 人間の眼球は、と画家は云うのだった、どんなものでも測り知られぬ美を持っている。どんな年齢の眼も、どんな生活の眼も、みな美しい。養老院の中庭に日向ぼっこしている老人の眼も、酒にただれた売笑婦の眼も、それぞれの美しさを持っている。その美しさは、真正面から見たのではよく分らないかも知れないが、横から、斜め横から見れば、誰にでも、「素人」にでも分る。満員の電車に鮨詰めになっている雑多な人々の眼、それを斜め横から、眼瞼の下に円くふくらんでいる、そのふくらみが分るほどの角度で見れば、どれもみな素晴らしく美
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