じ子供が池の中にいるのだ。それが、やがて池から出て来るに違いないのだ。そうした彼女の思念は、深く根を張って、どうにも出来ない。増二郎はさんざん持てあまし、また可哀想にもなり、それにまた、このままでは怪談の種をまいて池にけちをつけることにもなるので、まあ、出来ることなら、池を借りて、そこで時子を遊ばせたら、時子の気持ちも常態に復するだろうと、そんな風に考えたのだった。
それを聞いてるうちに、恒吉はますます忌々しくなりました。
「子供のことを口走るのだと、ただそればかりではないでしょう。」
「いえ、それだけですが、ただ一二度夜中に起き上って、子供を見てくると言って、出て行こうとしかけたことがありました。まったく、それだけのことですが。」
大井増二郎は頭を垂れて、どうともしてほしいというような様子でした。恒吉は怒鳴るように言いました。
「それで分りました。少し考えてみましょう。」
清水恒吉は憤りの心地を覚えました。大井増二郎に対してでもなく、時子に対してでもなく、空襲の被害についてでもなく、その話全体について、またそんな話が起ったということについて、憤りを禁じ得なかったのでした。
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