子を抱いて、全身ずぶ濡れになっていた。防空壕を出るとたんに、煙にまかれ、それから池の中につかっていた、とそれだけしか覚えていなかった。両腕のなかの雪子は、もう身動きもせず、息もしていなかった。そして二人は焼け残ってる寺に辿りつき、雪子の死体のそばで一日を過した。
「そのようなわけで、雪子がどこで息を引き取りましたのやら、時子にもさっぱり分らないのです。」と増二郎は話した。
 ――彼等はその寺に雪子を葬った。そして、川越の知人のもとに身を寄せていた。増二郎はしばしば東京に出て来て、将来の計画をした。年が明けてから、ささやかな家も焼け跡に出来、つまらない雑貨を商うようになった。ところが、焼け跡の住居に出て来てから、時子の様子が変ってきた。たいへん憂鬱だったのが、快活になった。それはよいが、快活の合間に、まるで物に憑かれたような瞬間が起った。そんな時、雪子と同じ子供があの池の中にはいっていると、増二郎に囁くのだった。あの池とは、清水家の池で、罹災の時に彼女がつかっていた池である。池にはいっている子供は、雪子ではないが、雪子と同じ子供なのだ。時子は雪子の墓にもよく詣る。それでもやはり、雪子と同
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