うして生れたか、それは不明だが、とにかく、その幻想を取り除けばよいことなのだ。
恒吉はなんだか腹がたってきました。
「よけいな心配をしないで、ただ、そういう幻を、お上さんの頭から逐い払えばいいじゃありませんか。それくらいのことが、出来ないんですか。」
「それはもう、私もよく考えてみましたが、なにぶん、あの時のことがはっきりしませんので……。」
そして大井増二郎の語るところはこうでした。――焼夷弾が、ざざーっと降ってきた。至る所にぱっと閃光が起り、爆音が聞え、火焔が流れ、夜は蒼白くなり、次に赤くなり、そしてどの家も一斉に燃えだした。警防団員として警戒に当っていた増二郎は、もう警戒どころではなく、火のトンネルの中をくぐって、自家に辿りつくと、その辺には人影もない。無人の家々がただ燃えている。火の粉を含んだ煙が渦巻いている。それを突き切ると、右往左往してる群衆の中に出た。時子や雪子は見当らなかった。聞いても分らなかった。崖に穿たれた共同防空壕を覗いたが、そこにはもう誰もいない。増二郎は殆んど無我夢中で駆け廻った。そして幸にも、かなり遠くで時子を探し出した。時子はまるで痴呆のようだった。雪
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