いで見つめています。
辰子は堪えきれなくなって、立ち上り、会釈もそこそこに出てゆきました。じっと見つめてる眼を、背中に感じ、外を歩いてる時まで感じました。
そのことを、会社から帰ってきた恒吉に、辰子は待ちかまえて話しました。
「あの人、気が少し変じゃないでしょうか。」
恒吉は黙って、辰子の話を聞きました。聞き終っても黙っていました。
「ほんとにおかしいんですよ。」と辰子は囁きました。
「厄介なことになったな。何とかしなくちゃなるまい。」
恒吉はそう呟きましたが、やがて、晴れ晴れと眉根を開きました。
「うむ、分ったよ。大井の話が、だいたい分ってきた。」
そして、翌日、恒吉は大井増二郎を呼んで、突き込んだ話をしました。
増二郎はしきりに謝り、恐縮していました。
「実は、打ち明けて御相談いたそうかとも思いましたが、なにぶん、申しにくいことですし、いろいろ考えあぐみましたものですから……。」
然し、恒吉から見れば、申しにくいことではなかったのです――罹災の時に、雪子は亡くなり、その葬式もりっぱに済んでいる。ただ、時子の頭に、雪子と同じ子供が池の中にはいっていると、そういう幻想がど
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