辰子はなにかぎくりとして、黙りこみました。
時子はじっと辰子を見つめました。暫くしてふいに言いました。
「それは本当ですよ。」そしてはっきり頷きました。「あの池には、子供がはいっております。」
「え、御存じですか。」と辰子は叫びました。時子は低い確実な声で繰り[#「繰り」は底本では「燥り」]返しました。
「あの池には、子供がはいっております。」
「どこのお子さんですか。」
「雪子と同じ子供です。」
雪子というのは、時子の一人娘で、罹災の時になくなったことを、辰子も知っていました。生きておれば今年五歳になるのでした。
「雪ちゃんと同じだといいますと……。」
「同じ子供です。あの池の中にはいっております。」
「同じだというと、どういうことなんでしょう。そして、いつはいったのでしょう。」
「同じ子供です。ずっと池にはいっております。でも、そのうちに出て来ますよ。」
「え、出て来ますって。」
「出て来ます。」
辰子は言葉につまり、息もつまるような気がしました。時子の光った眼が、辰子を見つめたままで、まばたき一つしませんでした。その眼から、涙がほろりと流れましたが、やはりまばたきもしな
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