宜しいんです。」
「まったく、何とかならないものかと、考えてみましたんですが……。」
それきり、大井増二郎は口を噤んでしまいました。恒吉が更に追求しますと、話は初めに逆戻りして、それからまた、曖昧なところへ落ちこむだけでした。
ばかげたことだ、と恒吉は思いました。然し正体がはっきりしないだけに、折ふし、気にかかりました。
池はいつも平静で、あたりに植木が添えられたため、風情を増しました。恒吉は朝に夕に池を眺めて、池を中心にした庭造りなどの考案をめぐらしました。あたりが焼け野原となり、畠が耕作されてるので、普通の庭ではそぐわず、なにか特別な考案の必要がありました。
そういうことを思いめぐらしてる恒吉の耳へ、へんなことが伝ってきました。
――池の中に子供の死体があって、まだそのままになってるというのです。
ただそれだけの噂でしたが、それが近所で囁き交わされ、かなり拡まっているようでした。辰子がそれを聞きつけて、恒吉にも伝えました。甚だ単純な噂で、何の根拠もないものだけに、却って、銭湯の中や、配給品を受ける行列の中などで、お上さんや娘たちの間で囁かれて、拡まったのでもありましょう
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