は異常であるが、狂人にとっては、常人がみな異常に見えるであろうことは、たやすく想像がつく。
ところが、どうかした調子で、常人の吾々にも、おかしな不安が襲ってくることがある。
私は或る時、一人の青年と酒を飲んでいた。眼の光の深く沈んだ、どこか語気の激しい、天才らしくもあり、狂人らしくもある青年で、二三度逢っただけの間柄で、さほど親しいというわけではないが、偶然、小料理屋の一隅に一緒に腰を落付けることとなったのである。
私も彼も、よく酒を飲んだ。話は各方面に飛び移っていったが、酔ってくるに随って、彼は度々同じ問をくり返すのである――人体には、勿論汗腺や毛根を除いて、内部に通ずる穴が幾つあるか、知っていますかと。
身体に幾つ穴があるかなどということは、酔余の戯れに婦女子などに云いかける言葉で、ばかばかしくて、私はただ笑って答えなかったが、青年の問は度重るにつれて、次第に執拗になっていくので、問題の内容そのものよりも、その調子に私は心惹かれた。すると彼は、一体こんなに方々に穴をあけておいて、不安ではありませんか、というのである。
話をきいて見ると、彼は、不潔な空気や塵埃や黴菌などのこ
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