奇怪な話
豊島与志雄
私の故郷の村中に、ちょっと無気味な隘路がある。両側は丈余の崖で、崖上には灌木や竹が生い茂り、年経た大木が立並んで空を蔽い、終日陽の光を見ることなく、真昼間でさえ薄暗く、肌寒い空気が湛えている。隘路の地面は妙に湿っぽく、落ち散った木の葉がじめじめとこびりついている。而もこの隘路の中、片方に、深さ丈余の小溝があって、覗きこんでも底はよく見えず、ただ処々に、水の淀みの陰欝な反映があるのみである。
この隘路に、夕暮――日の光が消え、而もまだ提灯をつけるには早いという、昼と夜との合間の半端な薄闇の頃、ともすると、上方の茂みを貫いて、中天から、ぶらりと、大きな馬の足が一本垂れ下る……というのである。
その話は、私が幼い頃、祖母や其他の人々からきいた種々の話のうち、一番恐いものなので、今でも頭の中に残っている。夕方、不気味な隘路のなかに、大きな馬の足が一本、ぶらりと垂れ下る、とただそれだけのことであるが、それが変に、想像の中にはっきりした形をとって現われる。
その恐怖と闘うために、私はいろんなことを考えてみた。空をかける天馬があって、一日の疾駆に疲れ、夕方ほっと息をつ
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