くり返す、重い重い……。そして両手で懸命にその足先を支えながら、眼を覚すまでうなされ続けるのである。
 これが、人体にくっついている足先だったら、如何に重かろうと、不気味な話にはなりようがない。布団の中から差出されてる寝相の悪い足先と、汽車の線路のそばに転ってる轢断された足先と、両方を見たことのある者は、這般の消息を解するだろう。
 たとい恋人の指先や乳首や耳朶であろうとも、一度切断された場合には、それを愛撫することは、一種の変態性となり、一種の怪談味を帯びてくる。人の指先や乳首や耳朶を切りそぐことが、その近親者にとって、最も残忍な刑と感ぜられるのは、単に苦痛の想像に依るばかりでなく、切りそがれたそれらのものが、愛する人の一部分から、他の不気味なものへと転位する故にも依る。
      *
 切断された部分は、特殊な不気味さを持つが、切断されない部分も、その部分だけを抽出して鑑賞すると、特殊な風味を持っている。その風味を、ひょいと味って見ようとした者に、サラヴァンという男がいる。
 サラヴァンは、ジョルジュ・デュアメルの小説中の人物だが、或る商事会社に勤めていて、社長の前で事務の説明を
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