ある。馬の足は垂れ下る時が恐いのであるが、人の足は引込んだ時が恐い。これは多分、後者が、独立した一の怪物でなくて、人体の一部をなしてるからであろう。
 人体の一部は、それが人体から切り離されて、別個のものとなる時、初めて本当の不気味さを持つようになる。
 たしか、正木博士の話だったと思うが――或る外科の病院で、不思議なことが起った。その病院の新米の看護婦が毎晩毎晩うなされる。うなされては、重い重い……と口走る。そこでいろいろ問いただされて、遂に告白した。
 彼女は、病院に来て間もない頃、片足切断の手術に立会ったのである。ところが人間の足というものは、身体の一部分をなしてる時は、何でもないが、一旦切断されたとなると、如何にも重い。膝から下の切断の場合でも、馴れない看護婦などは、取落すことがままある。そのため、医者の方で、重いぞ、気をつけ給いと、よく注意してやる。右の看護婦も、その注意を受けた。そして覚悟はしていたものの、愈々患者の足が切断された時、その重みが、両手にずっしりとこたえた。
 それ以来、切断された足先の重量が、両手にこびりついて離れない。夢の中にまで現われてくる。彼女は自分で
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