なさい。」
耳を傾けると、しいんと静まり返った夜更けで、風までがぱったり止んでしまって、何の物音もしませんでした。
「この家には鼠一匹居ないようですね、」と私は云いました。
叔母はぴくりと眉根を動かしたきり、何とも答えませんでした。けれどもやがて、また戸を叩く音がすると云い出したんです。私も少し気にかかって、兎に角も見て来ることにしました。
茶の間を出て、階段の横の薄暗い廊下を通り過ぎて、何の気もなく階段を見上げながら、一寸薄ら寒い気持になり、それから玄関の障子を開くと……ぼんやり輪郭のぼやけたものが……ぼーっとした影が、其処につっ立ってるのです。おや! と思って一歩退ると、影がむくむく伸び上ったのです。「何だろう!」と思った途瑞に、がーんと響く大声で、「俺だ!」
ぞーっと冷たいものが全身に流れて、私は其処に棒立ちになってしまいました。が次の瞬間には、もう影も何も消えてしまって、茫っとした薄ら明りが玄関に一杯湛えています。気がついて見ると、ついてた筈の玄関の電灯が消えています。それで私はまたぞっとして、茶の間に引返すはずみに、後からついて来てる叔母に突き当りました。
「あなたに
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