いきました。
「はっはっはっ……」と男は平気でなお笑っています。
「人をばかにしてる。なぐっちまえ」
 気の早い子供たちは、棒ぎれを拾ったり、石をつかんだり、げんこを握りしめたりして、男へ向かっていきました。男は笑いながら、あちこちへ身をかわしました。ひどくすばしこい影のような男で、大勢《おおぜい》でいくら追っかけても、つかまえることが出来ませんでした。
「君たちはばかだな」と男は広場の中を逃げ廻りながら言いました。「そら、まっ黒な塀の中で、影法師が踊ってるじゃないか」
 そう言われてから皆は初めて気づきました。東から出た太陽の光を受けて、黒い鏡のように光っている塀の中に、皆の影法師が浮き出していました。白塀《しろべい》にうつったのとちがって、奥深いまっ暗な中にうつってるものですから、そうはっきりはしていませんが、すかして見ると、ちょうど生きた人間のように浮き出しています。それが、皆が動くにつれてあちこちへ動き廻って、大勢《おおぜい》の本当の子供たちが踊ってるようなんです。
「おや、これはおもしろいや。ふしぎだなあ」
 皆は黒塀《くろべい》の鏡に影法師をうつして、ふしぎそうにのぞきこみ
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