、いらっしゃいませんの。」
「先程から、もう充分、御馳走になってきました。」
 彼女は胸の荷を焚火のそばに投りだして、子供の方へ言った。
「たくさん焚物を貰ってきましたよ。」
 子供相手に、彼女はひどく嬉しそうだった。胸元や、帯の御所車の刺繍[#「刺繍」は底本では「剌繍」]から、ちょっと埃を払っただけで、まだ藁屑をそこらにつけたまま、持ってきた芋俵らしいのを焚火にくべた。
 火は横にはい、それから一斉に燃え上った。焔の先は人の顔ほどに達した。
 子供は声を立てた。千枝子は飛びのいて、棒切れを拾い、俵の燃え残りを押えつけた。
 山口は呆気にとられた。
「こんなに燃やして、どうなさるんですか。」
 千枝子は返事をせずに、ただ自分の心に答えるように微笑した。
 俵が燃えつきると、枯枝を、こんどは少しずつくべた。子供は枯枝をぽきぽき折った。真赤な藁灰の上に枯枝は爽かに燃えた。
 山口は先刻の肥料の話を思いだした。
「肥料の灰でも拵えるのですか。」
 千枝子は彼の方を見て、くすりと笑った。それから急に真面目になった。
「芋を焼いていますの。」
 そのあとを、彼女は子供に話しかけた。
「ねえ、この
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