塩花
豊島与志雄
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【テキスト中に現れる記号について】
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「魚+昜」、146−下−16]
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爪の先を、鑢で丹念にみがきながら、山口専次郎は快心の微笑を浮かべた。
――盲目的に恋する者はいざ知らず、意識的に恋をする者は……。
この、意識的に恋をするという自覚が、なにか誇らしいものと感ぜられたのである。そして今や、それにふさわしいだけの身づくろいが出来上りつつあった。
手の爪をみがくのが終りである。足の爪はもうきれいにつんであった。顔はきれいに剃られて、香りのよいクリームが皮膚にすりこまれていた。頭髪は昨日洗われたばかりで、櫛の歯が目立たぬようにとかされていた。髪を分けるのは気障であり櫛の歯の跡を残すのは野暮であって、長髪をふうわりとそして自然らしくとかすのが現代的技巧であった。
――なりふり構わずに女を想いつめる、そんな青年をよく見かけるが、それはただ性慾の奴隷にすぎない。真の恋をする者、つまり、精神と肉体との一如の恋をする
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