かと尋ねあった。
「ばかばかしいことですよ。責任のないところに犯罪はない。而もその責任がどこにも見付からない状態でしたからね。」
そういう議論になった時、山口専次郎は言葉を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]んだ。
「犯罪のことは、つまりは、精神的貞節の問題ではありませんでしょうか。」
彼は魚住千枝子のことを考えていたのである。そして彼女に対する自分の気持ちから、うっかり、取って置きの考えを言ったのだった。
ところが、山口自身で最も驚いたことには、その精神的貞節論は一座から歓迎された。多くの人々がそれに賛成した。要するに、貞節の保持者は犯罪者でないというのである。
「まるで、風儀の問題のようですな。」と先刻の燐酸の先生が大笑した。
その笑いに応ずるかのように、佐竹が言った。
「貞節なんかよりも、忿怒でしょう。現在、何物かに忿怒を感じてるかどうかによって、犯罪人であるか否かが決定されると思いますね。」
そして彼が言うところによれば、これまでの偽瞞に対して忿怒を感じてる者は無罪で、忿怒を感じない者は有罪だった。その説には何か痛烈なものがあった。
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