こもっていて、彼女はいつもより若々しく見えた。末席に控えていた山口専次郎は、彼女の肉附の豊かな柔かさに眼をとめた。と同時に彼は、魚住千枝子の皮膚の緊張した薄さを思い浮べた。が千枝子自身はそこに姿を見せなかった。未亡人も別室に女客達があって、そちらへ行くことが多かった。
「日本のビールは世界的なものですな。アメリカの兵隊も、これだけは讃美していますね。」
 そういうことから、戦争犯罪のことに及んでいって、猪首の人が、犯罪人としての通告を受けた人々について話をした。或る者は泰然自若として、顔色一つ変えなかった。或る者は蒼白になって、来客の前にも拘らず手の煙草を取り落した。或る者は渋柿をなめたようなしかめ顔をした。或る者は……。
 それらの話は、まるででたらめのようでありながら、その本人を識ってる人々にとっては躍如たる面目を伝えるような点があって、一座の注意を惹いた。ところが、個人的なその事柄に注意を集めたためか、戦争犯罪自体の問題は白々しいものとなり、その白々しいなかで、あなたは誰かと互に尋ね合っているような雰囲気を拵えた。これにも鉢植えの蘇鉄が役立った。蘇鉄の葉蔭で、知人同士、あなたは誰
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