家であり、否殆んど皮のない作家だった。彼は高邁な文学精神を持って市井にもぐりこんだが、その高邁な文学精神と創作実践に於ける取材対象と、両者の間に何等の間隙も認められないことは、作家としての彼の嘘の無さ、ごまかしの無さを、立証するものであると私は考える――よりも寧ろ私は感ずる。この私の直感は、彼について常に動かし難いものである。
 らっきょうには芯はなかったが、武田にはそれがあった。あのごまかしの無さを以て、武田が自分の芯をさらけ出してくれることを、程近いと私は期待していた。茲に言う芯とは、告白めいた感想とか自伝風な作品とかではなく、文学や生活をひっくるめた理念、人生観、というほどの意である。彼が急逝したことは惜しい。彼自身も今死のうとは思いがけなかったろう。
 さて、あの晩、私達は珍らしく放談したが、酒も聊か飲みすぎて、さめるどころか更に酔い、いつしか私はうとうとと眠ったものらしい。横になったり、また坐ったり、そういうことを繰り返していたのを覚えている。
 なんだか薄ら寒い心地で眼をさますと、硝子戸の外はもう明るかった。私は一人だった。立っていって、梯子段の上から手を鳴らし、女中に熱い
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