酒を頼んだ。
餉台の上には、新らしい莨の一袋があった。それを吸っていると、酒が来た。
「ずいぶん、お酔いんなったわね。余り飲ませるなって、武田さんが、そう言ってたわよ。」
「自分のことを棚にあげてね……。武田君、どうしたんだい。」
「もう、さっき、お帰りんなったわ。あんたに、枕をさせて、宜しく言ってくれって、親切だったわよ。喧嘩でもなすったの。」
「ほほう、喧嘩のあとの親切か……。」
なにか変梃で、私は気持ちがはっきりしてきた。
「武田君が、ほんとにそんなことを言ったのかい。」
「なによ。」
「余り飲ませるな、……そして、宜しくって、そんなことを言ったのかい。」
「ほんとよ。どうして……。」
女中は怪訝そうに私の顔を見た。が私は、じっと武田を見ていた。
武田はたいてい、はたには全く無頓着に、謂わば傍目もふらずに、別れ去るのだった。
大体、酒宴の席から去るのに二つの型がある。主賓席に挨拶して、所謂フランス風に立ち去るのと、殆んど挨拶なしに、所謂イギリス風に消え去るのと、二つの型だ。これが、飲み仲間だけの酔後には、大きな差を作る。相手を物色して、見失わないように連れ立って歩き、腕
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