ったことは一度も覚えていない。そして出会ったのはいつも深夜だ。つまり、どちらも、さんざん何処かを飲み廻って、連れの友人たちとも別れてしまい、ただ一人でふらりと小林に足が向いた、そういう恰好だったのである。
深夜、私が馬肉の鍋に差し向い、美味で稀薄な酒を相手に、ぼんやりしていると、武田がのっそりはいってくる。また、深夜、私がふらりとはいっていくと、武田が一人ぼんやりしている。海千河千の気の利いた女中が、奥の小部居で両人を一緒にしてくれるのである。互に顔を合せても、やあ、と言うきり、会釈代りの笑顔さえも不用で、何の遠慮もなく、餉台に向い合って、食いたければ勝手に食い、飲みたければ勝手に飲んだ。あまり話をするでもなく、心に止ってる言葉とてもない。
ところが、或る夜、らっきょうが小皿に山盛りに出ていた。そのらっきょうを、どういうわけだったか、私は歯で一皮一皮むいて、猿のようなやり方で、一皮ずつ食べていった。最後の芯まで一皮ずつ食べていった。幾粒か食べてるうちに、武田が突然笑いだした。
「まるで僕みたいだ。」
私は顔を挙げた。
「え、いつもこんな食い方をするのか。うまくないよ。」
「いや、
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