関につっ立ったまま、娘を呼びだして、近くの神社に連れて行った。そこの境内の池の中に、海亀が泳いでいたというわけさ。行ってみると、どこかへ隠れている。俺と娘は池のふちの腰掛に坐って、海亀の出てくるのを待った。待ちくたびれてきた頃、俺はヨウカンを出して娘にたべさせた。叔父夫婦や子供たちへのヨウカンは、別に風呂敷包みの中にいっぱいはいっているのだ。娘は一本のヨウカンを半分たべ、俺もお蔭で半分たべた。あとの一本は、食べなければ海亀にやるぞとおどかして、娘にたべさせた。
「それで万事終った。海亀なんぞもともといやしない。風呂敷包みの中は、開けてみれば書物だけだ。それを知って、善良な娘は眼に一杯涙をため、堪えられなくなって、一滴か二滴ぽとりと落した。
「だが、その後で、俺は淋しくなった。たとえ親子の間でも、こんな人情はけちくさくていかん。そんなものは克服しなければいけない。青空を仰いで大きな息をしたいものだと、眉をひそめて考えたよ。――この話、お前はどう思うか。」
私は返事もせず、彼の方を振り向きもしなかった。彼の話には、初めから皮肉な調子がこもっていて、それが次第に強くなり、話そのものまで眉を
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